「おいお前らちょっとそこに並べ」
発言したのはヒル魔でありそのきっかけを作ったのは武蔵だった。
始めるのがヒル魔、止めるのが武蔵。そんな図式だと周りは安心出来るが「きっかけが武蔵」ともなれば話違う。止められる者がいなくなるだけではない。「きっかけが武蔵」ともなると周囲の被害は何故か倍増するのだ。
人の話を耳に入れず、独自のテンポで他人を押し切る。視界に他人が入っていない。一見相反するこの2人の奇妙で迷惑な共通点が被害と結束を強くする。部員はいつも耐えるばかりだ。
奥のブースでヒル魔と武蔵が何事かを話していた。
会話の中身まではわからないが次第にヒル魔の声が尖り始める。他の者達は自然と声を落とした。そんな変化がわからないのは対する武蔵だけらしく、会話はそのまま続けられる。
「うるせえ!!」
誰もが予想したヒル魔の癇癪。誰も予想しないようなズボ、という間抜けな音と共に一瞬会話は静かになった。
しばらくの間をおいてからヒル魔がとても楽しそうに吹き出した。一瞬で怒気が興味に転がったらしく冒頭の台詞へと繋がったのだ。
最初の被害者にしてそもそもの発端を引き起こした武蔵。
以下、続出する被害者達。
セナ
小結
モン太
瀧
石丸
重佐竹
十文字
黒木
戸叶
遅れて部室にやって来た栗田はこれらを見て動じなかった。つきあいが長い分、ヒル魔のやらかすことには免疫がついているのだろう。ヒル魔の遊びを止めもしない。
「そういえば僕も昔よくこういう遊びしたよ」
「大好きなモノに変身する遊び」
「結構大変だったんだよ」
「あの頃はちっちゃかったからね」
「今はもうこんなんだけど」
こういった事態はヒル魔の気分が収まるまで続くと言うことを誰もが良く知っている。止めるのは逆効果。嵐が過ぎるのをじっと待つ。
それをしないのが武蔵という男の特徴なのだからたちが悪いとしか言いようがない。
もそもそとビニールを引き剥がし、ヒル魔にされるがままの部員を見回す。次は誰に何をしようかと上機嫌のヒル魔のそばに立ち、隙を見て頭から帽子をかぶせた。
「なんだ、誰もやり返さねぇのか?」
そんな事が出来るのは貴方だけです、と誰もが思う。口に出さなかったのは武蔵が追い出されたからだった。
永遠に続くと思われたこの騒ぎはまもりが到着すると同時に速やかに収束した。彼女が持ってきた他チームのデータを手早くPCに取り込むヒル魔からは、バカ騒ぎへの興味は消えていた。
何があったのかを周りから聞き、やったからにはやられるものよ、とまもりはヒル魔に近づいた。数少ない、ヒル魔と対等に接する彼女は無言のにらみに臆さない。作業に没頭するヒル魔を邪魔しない範囲で持ち前の美術センスを発揮させた。
「わあ、可愛い!」
本気ですか、とは誰もが思ったが口に出せる強者はいなかった。
おまけ
人間達の騒ぎなど蚊帳の外で穏やかに過ごすケルベロスとブタブロス。
武蔵と暮らしている部屋にヒル魔が帰ったのは随分時間がたってから。
ベットの中で熟睡している武蔵を端へと蹴りながらヒル魔はもそもそと布団の中に潜り込む。
自分より遙かに大きな背中に顔をうずめて眠るヒル魔が「やられた」と思ったのは目が覚めてからの事だった。