Costa del Coche  稲葉しん さんへ】 
* *告白<武蔵> * *



 夜中にふいに目を覚ますと、隣りで「誰か」の寝息が聞こえる。そんな状況にもう何年も前から慣れてしまった。静か過ぎる事にとまどう。転がると「誰か」の身体にぶつかる。その温もりに顔を埋める。息がかかってこそばゆい。たまに嫌がられる事もある。手足を伸ばすと叩かれた。寝ぼけて抱きつくと抵抗された。ついさっきまで散々喘いで可愛かったのに、終わればとたんに態度が豹変する。いや、これがいつものあいつなんだった。
 誰かが隣で眠っているのを確かめるのが武蔵はとても好きだった。自分の隣で利ラックスして、穏やかに眠れる存在が自分に向けて好意を抱いている。そんな状況が好きだった。相手は限定していなかったのに、いつしか隣は同じ人間が横たわる事が多くなった。妙なやつに捕まった、と思う反面捕まったのは自分だとも思う。


いつからこうなってしまったんだろう。



 隣りに眠る人がコロコロ変わったとしても共通点は温もりと弾力。そのはずだった。
触ればぷにぷにと柔らかく、抱けば確かな肉感があった。
ここ数年の間のうちに、そんな感触が遠のいた。代わりにあるのは固い骨。薄い筋肉。柔らかみのない肉。どう触っても男のもの。

それに慣れた自分もいる。なんでこんなになったんだかなあ。

 2回に1度の割合で、眠る顔がこちらを向いている。柔らかで弱い月の光の下で、人の寝顔は無防備になる。寝入る前まで散々喘がせ、泣かせたとあっては余計にそう感じてしまう。表情の消えた寝顔は別人のように穏やかで静かだ。
 周りを散々に引っ掻き回して、いつも騒ぎを起す諸悪の根源。
 多くの人間の弱味を握った上で他人を動かしている悪魔。
 卑怯で意地が悪く頭がよくて抜け目が無い。
 ハッタリが好きで虚勢ばかりで派手な事ばかりを繰り返す男。
 
 なんでこうなってんだろうなあ。

 知り合ってから何年にもなる。同じ布団で寝る関係になったのもやはり何年か前からだ。悪くはなかった。むしろ楽しかった。気持ち良かった。気分が良かった。いつも何を考えているのか分からずに、意地の張合いと喧嘩ばかりでちっともうまく行かない関係が、身体を重ねれば単純だった。嫌われているのかとさえ思ったヒル魔の態度の全ては不器用でわかりずらい感情の発露の末だと分かってはじめは驚き、すぐに慣れ、独特のそのやり方に武蔵はいつしか不快を感じた。
 どうして好かれるのかわからなかった。どんな相手でも手のひらで操る、それを自分にはけしてやらないヒル魔の真意がつかめなくなる。理由が「好き」という感情なのが信じられず、テストするように悪意をぶつけた。何をしても平気なのかと聞けば平気だと返事が返る。

 起きている時。
 目を開けている時。
 いつもこちらを見ている時。

 ヒル魔の視線はいつも一途で真摯で重たかった。アメフトにかける気持ちの強さ。絶対それをやりとげると思えばそこから離れなかった。自分を、長く待っていたように。あの時、お互いの間で何かが決定的に壊れたような気がしている。全部、あれからだ。あの時までは、ヒル魔の気持ちを重いと感じる事もなかったのだ。

   気味が悪い。
 正気を疑う。
 
 こうして、眠っている時はただの普通の男なのに。この目が一度開けばそこにある強い意思がたくさんの他を圧倒する。風呂上がりの髪は武蔵がなでるとさらりと流れた。厚い手のひらの皮ごしにヒル魔の柔らかな肌をなぞった。寝息が小さく漏れた後、ヒル魔は気にせず眠り続ける。
 こうして、眠っている時はこんなに穏やかで静かなのに。起きれば身体を内側から突き上げる強い衝動で走り出す。勝つという事。負けないという事。それらに負けない、強い好意。武蔵へ向けられる奇妙な好意。それらが今の奇妙な関係を歪ませているとヒル魔はきっとわかっている。わかっていながら止められないのだろう。武蔵が同じであるように。

 柔らかな金髪はいつもはけして人目に触れない。わずかに窓から入って来る明かりの中で武蔵はその感触を一人楽しむ。つっかるような気持ちは起きない。穏やかで静かな時間だ。

「………、なんだぞ」

 ふいに溢れた言葉が濁る。
 目を見なければ。向かい合わなければ。少なくとも武蔵はこれほど穏やかになれる。口に出した言葉は素直な武蔵の気持ちのはずで、それでも肝心な最初の2文字は口の中から出せなかった。ヒル魔がこちらを見ていなければ、武蔵は彼を愛おしいと思う。思っているのに形に出せない。  何かが強くブレーキをかける。ヒル魔に素直になってもいい、と思う気持ちを何かがとめる。強く引き止め気持ちを砕く。かき消すかのように否定する。

 奇妙にねじれているとは思う。ヒル魔の歪みに骨の随まで感化されちまったんだろうか。

 馬鹿な話で笑いあい、ぼんやり時間を黙って過ごし、そばにいる事が当たり前になっている。
 ただ、その視線が互いに相手を見据えれば。そこからひずみが大きくなる。

「何でなんだろうな」

 武蔵の荒れた指先がヒル魔の頬をひっかいた。不快なように顔が背き、武蔵はヒル魔に逃げられてしまう。撫でる対象を手のひらは失い、それがとても寂しいと思った。
 こんな穏やかな時間がいつまでも続けばいいのにと思う。ヒル魔が目を覚ましても、変わらないままずっと穏やかに過ごせれば良い。以前は確かにそんな時期があった。

 きっと、すぐに息が詰まる。
 何かに追い立てられるようなイヤな空気が見える気がした。
 どうしても我慢出来ない何かに背中を押されるように、きっと自分がぶちこわすだろう。

 
 それをヒル魔は咎めないだろう。

「何でなんだろうな」

 シーツに散った金髪は水気を残してしんなりと柔らかい。かき混ぜるように指をつっこんだ。素直になれない気持ちのように、指は乱暴に髪をかきわけからまる髪を数本千切った。

 こういうもんもあるって事か。

 素直になれない理由が欲しくて、武蔵はぼんやりと気持ちを手繰る。ヒル魔に対しての柔らかな感情のすぐ隣にある尖った敵意。張り合うような、競うような、後ろに一歩も引けないような。もっと重くて強い何か。
それが形になった時、きっとこんな仲は終わってしまうような気がする。

 考えるのも面倒になって武蔵はベットの空いた場所に横たわった。隣にいるのが当たり前のヒル魔。そこに別の誰かが横たわるのを想像するだけで辛く感じる。もっと長くこのままでいたい、と浅い眠りの中で武蔵は思った。
 ヒル魔に対する気持ちが色々な形に歪む中でそれだけが形を変えずに残る。馬鹿みたいに鎮座する、その気持ちだけが均衡を保った。


 どれほど形が歪んでも、それだけあればいいんじゃねえか、と。
 考える事を放棄して武蔵はゆっくりと力を抜いた。自然にヒル魔に手が伸びた。



 柔らかく抱き締め、引き寄せる。



 今はこれが精一杯。多分、これから先もずっと。
















お誕生日企画2つめ。3つめまであります。のんびり待ってね。
稲葉さんからのリクエストが「告白」でして、難しかったです。
これのヒル魔版を終わらせて全部完了なんですけれどね。
まあ、ここまで書いたらあと先が見えるような陳腐ぶりなんで
こう、稲葉の脳裏に「どんなんかなこんなんかなあんなんかな」て
思わせているのが一番やまだかっこよくねえ?て事です。

いや、しかしよくこういうものを堂々と渡せてるなあと
いろいろあれです。厚顔無恥?笑えねえです。ごめんちゃ。
でももっと頑張るからお友達でいてください。

あともっとかまってください。甘やかしてね!
やまださん、ほんとに寂しがりやさんなんだから!
しかも返事不精なんで、礼義知らずなんで、
甘えられる人が限られてしまいます。

無礼してもやさしくしてくれる稲葉さんだいすき!
これからもヨロ、な方向でよろり!


やまださん、最低さんだ……