LOOKS HAPPY  ヒロミ さまへ】 
* *夏のバス停 * *



村の入り口にある古ぼけたバス停。
そこには崩れそうな木のベンチがあって、一日数回しかやって来ないバスを待つ村人や。
やってくる者を待つ人間を座らせていた。

いつもは無人のその場所に一日中一人の子供が座るようになったのは、ほんの数日前から。

村の人間で無い事はひと目で分かった。綺麗な手足は、畑仕事を知らない証拠。こん な山奥ではもったいなくて履けない綺麗な靴。そばかすさえ浮いていない白い頬。日 に透けるような淡い髪。
そして、身にまとうのは短い手足にぴったりとそろった子供用の服。

村の子供達は、程度の差こそあれ、同じ格好で一年を過ごす。子供専用の服をあつら える余裕などどこの家にもありはしない。古びた、何年もくり返し使われてきたぺら ぺらのおさがりをだぼつかせるのが日常だ。
だからその子供を初めて見たときに。武蔵は自分がひどくみすぼらしく思えたのだっ た。

村の者達は噂する。
あんな子供を押し付けて、あいつはどこに行ってしまったんだか。
町の子供など、家の仕事など何一つ出来ない。迷惑なだけの邪魔な子供。
あの耳をみたか。あれは鬼の子だ。
どこの誰のだかわからん子供を、この村に置いておけるものかね。

村の子供達は、そんな大人の言葉を耳によそ者を疎外した。
自分達がけして手に入れられないような物を身にまとった子供はそれだけで異質で。
羨みがそのまま敵意へと変わる中、ムサシは自分の、自分達の貧しさを少しだけ恥じた。

子供は朝早くからバス停にやってくる。
ベンチに座ると町のデパートのものらしい立派な紙袋を隣の席に置き、じっと、道の 端を眺めている。
昼に食事を取る様子も無く。寝起きしている家に戻る訳でもなく。
空が真っ赤にそまって、急に闇が落ちるまでをそこで動かずに過ごしている。

村全体が子供に向ける敵意も、気にならないようだった。
ただ、人形の様にバスが来る方向を眺める。見つめる。無表情で、身動きもせずに。

子供に見つからないようにそっと遠くからみつめるだけで。ムサシもまた、一日を過ごした。
声をかけたいけれど、どうすればいいだろう。
隣に座ってみたいけれど、近付いてもいいのだろうか。

いつのまにか、その木のベンチは。子供がいるのが当たり前になった。
子供と、ベンチと、大きな紙袋。
身のたけ程もある高い草とベンチに影を落とす大きなほおの木。
風雨にさらされて行く先も時刻も見えなくなってしまった鉄製のバス停は支柱がぐにゃ りと曲がっている。
道を食い入るように見つめる子供の小さな頭。
ムサシは、それを毎日見つめて過ごしていた。

ある日。
眺めいてる先で子供の頭が小さく揺れた。
おやと思って目をこらせば、動きは次第に大きくなる。
前後に、左右に。揺れる動きはだんだんと大きくぶれて、がく、と首がかしいだ。
いつしか、子供の首は前に傾きそれきり動かなくなる。
ムサシはそっと、いつも隠れ見ていた木から飛び降りた。このまま近寄れば草の音で 目を覚まさせてしまうのだろうから。遠回りして、砂利道に出る。子供はぴくりとも 動かない。
そういえば、こんなに近くから見るのは初めてだと思った。

みんなが言っている程、尖った耳は気持ち悪い物ではなかった。
むしろそれはまだ見た事のない「街」というイメージにはふさわしい気がした。
この村の誰とも違う、姿。そうだ。あのバスが来る向こうには、こことは似ても似つ かない世界があるはずなのだ。
みんなは子供を「鬼の子」と呼んだけれど。きっと街に出れば村のみんなが「鬼の子」 と呼ばれるのだ。
風に揺れる髪はあまりに細くて、日に透ける。坊主に刈られた自分達から見れば、風 になびくような長さの髪さえもまだ見ぬ遠い世界を強く感じさせた。

ポケットと、両手に持ったトマトは村で一番の畑から盗んできた特上品だ。いつも目 を光らせている大人達の目を盗んでムサシが手にしている4つの戦利品。音を立てな いように注意して、注意して。子供が眠るベンチにそれを一つ置いてみた。首を垂れ てすうすうと眠る子供の膝のそばに、丸いトマト。
一つだけでは物足りなくて、もう一つも添えてみる。
二つきりの赤い物はとても似合っているようでもあり。とても田舎臭くさせている気 にもなって。
残りの二つも添えてみた。
泥がついているのが気になって、何度もシャツの端で汚れを擦った。
一つ一つを磨いて、4つ全部をベンチに並べて。それでも子供は目を覚まさない。

ムサシはそれで、満足した。

なんだかとても良い事をしたと思えて。
だまって、見ているだけでは満足出来なくて。

起こさないように、砂利の音を立てないようにそっとその場から立ち去って。
ベンチが見えなくなったところで、走り出した。
叫びたいような、喚きたいような、今の自分の胸を打つ気持ちをどうにか吐き出した くて。
そのまま川に飛び込んで、ひさしぶりに同じ年頃の仲間達と泥だらけになるまで遊ん で。
家に帰れば酷く怒られてしまったけれど。
夜になっても興奮は冷める事がなく、ムサシは何度も薄い布団のなかで寝返りを打っ た。
明日。あの子はどんな顔であのベンチに座っているのだろうと想像すると。それだけ で頬が弛んで。
これがきっかけで声をかけれるかもしれないという想像に、何度も何度も寝返りを打っ た。
うるさいと怒鳴られて。そういえばトマトを畑から盗った時にも、怒鳴られた事を思 い出して。
一日中怒鳴られてばかりだったけれど、それでも嬉しい事があったんだと思えば楽しい ものだった。


翌朝。
ベンチにはいつものように子供が座っていた。
けれど、その頬が真っ赤に腫れているのをみてムサシは息を飲んだ。
殴られた痕だ。
どうして。何があったのかと思って気がつけば、ムサシはいつもの場所から砂利の上 に転がり出ていた。
「お前、どうしたんだよ」
きょとんと子供の視線がこちらを向いた。ムサシは初めて向けられるその目線に言葉 を失っう。子供はそんなムサシに特に興味を引かれなかったようで、すぐにまたいつ もの方向へと顔を向けた。
無視されたようで悔しく、それでも何も言葉が見つからず。
ムサシは道のまん中で両手をにぎりしめたまま立ち尽くした。
しばらくそうしているうちに、子供の視線の先に薄く土煙が立った。
バスが来たのだ。

慌てて道の端に避けたムサシの目の前を、のろのろとスピードも出さず、かといって 止まる気配も見せないバス。降りる客がいないのだろう、今にも停まりそうな遅さで ありながらバスはゆっくりと二人の前を通り過ぎた。バスの姿が消えて。土煙りだけ が残って、それも消えたころに。
子供は小さくため息をつく。またいつもの方向を眺めはじめた。
その頬に浮かんだ痣を隠そうともせずに。

何か話し掛ける言葉をと空回りする頭の中でふと、トマトという言葉が浮かんだ。
そうだ、昨日のトマト。あれは、俺が。
言いかけて固まった。ひょっとして、その頬の痣は。
「それ、トマトのせいか」
子供が驚いたようにこちらを見て。その視線の中に明らかな敵意を見てしまって。
ムサシは言葉を失った。
そのまま。
立ち続けるムサシに対して、子供が再び視線を向ける事はなかった。

ムサシは、子供と話がしたかった。
この村の隅々まで案内して、自分だけの木の上に招待したかったし、誰にも知られて いない場所からの眺めを見せてやりたかった。
けれど、子供は道の端から目を反らさない。

願い事が何でもかなうお地蔵さんがあるんだ。
子供は興味を惹かれたようだったけれど。ここから少し離れると言うと首を振った。
どれだけ誘ってもそのベンチから離れる事はなかった。

村の誰もが恐れる野良犬をこっそりけしかけてみた。
もちろん、噛み付かれる前にムサシが助けてやったけれど。
子供と同じぐらい大きな犬に怯えながらも逃げようとせず。震える手で紙袋を引き寄 せるとそれはベンチから突き出たくぎにひっかかって大きな穴をあけた。
派手に犬を追い払って武蔵がベンチに戻ると、子供は泣きそうな顔で紙袋をみつめていた。
あんまりに哀しそうなので、上着の代わりに使っていた擦り切れそうな風呂敷を渡してやる。
使い方が分からないようで、試行錯誤した上で、紙袋の中身を布のうえに丁寧に並べて。
最後に、破れてしまった紙袋も綺麗に畳んで、その上に重ねた。
武蔵の目には、どれもがらくたに見えた。きっと、子供にとっては大切な物ばかりなんだろう。

紙袋の代わりに毎日風呂敷を持ってくる子供に、中を一度だけ見せてもらった。
ぼろぼろになった小さな本や、何に使うのかわからない黒いプラスチックの塊。
破れてしまったけれど街で一番大きなデパートの紙袋。
そして、空気の抜けた茶色いゴム。自分が知っている物とは少し形が違っている気がして、
触ろうとする指先で、それは取り上げられた。
空気入れてやろうかと言っても首を振るばかり。

昼飯を抜いて過ごす子供のために、武蔵はいろいろな物を差し出した。
あけびや、山桃。やまぶどうに畑の野菜など。はじめは不思議そうに見ているだけで
手本を見せるように、それにかぶりつくと驚いたように目が見開いた。
真似をするように果実におそるおそるかじりつくと、すすりきれない汁がぼたぼたと溢れた。
食べるのが、とても下手だった、子供。

けれど、だんだんと上手になったのは、それだけ時間がたったからだ。
夏は過ぎて、秋が近付く。子供は次第に焦れるような素振りを見せ始めた。
少しふっくらとした頬は肉が落ちた。白かった両腕は痣が見えかくれする。
髪からは艶が消えた。いつのまにか、村の子供たちと同じ様にびらびらと裾が広がっ た大きすぎる服を着るようになった。



とんぼも姿を消しはじめて。そろそろ秋も終わるかなという頃に。
一人の男がバスを降りた。
「むさしっっっ−−−−−−」
子供が、初めて叫んだ。恐らく、村に来て初めて自分から口を開いただろう。
誰かに強制されるのではなく。押し殺した鳴き声ではなく。
数カ月、胸の内にためていた全部が隠った声。
子供は男に抱きついて、そのままその腹に顔を埋めた。
声もなく、そんな小さな身体の背中を撫でる男の手のひら。

「たけくら」と言う名は、この村に多い名字だ。
他と区別するために、「むさし」という呼び方をされる者も多い。
自分ではない「武蔵」という呼びかけにも慣れている。けれど。

叫ばれているのは、自分と同じ音の名前。
何度も耳にした馴染んだ言葉のはずなのに。

初めて聞く言葉の気がした。

ただ一人だけを待っていた子供の。ただ一人だけを呼ぶ、叫び。
待っていた時間とその間の不安と、怒りと、寂しさと、他の全部が、込められた音。
泣きながらくり返される声は、長い事しゃべらなかったせいなのだろうか、酷くしゃ がれて掠れていた。
お前以外は、何もいらない。子供の叫びはそうくり返す。
だから、待っていた。ずっと、寂しかった。

子供は、しゃくりあげながら何度も「武蔵」とくり返す。
そこに、込められるたくさんの思いは伝わっているんだろうか。
男は、知らない。ここで子供が過ごした時間の重さも、長さも。
多分、説明してもわからない。

待っていた間、一度も反らされなかった視線。
どれだけ酷くなじられても、一日も休む事無くここに通った毎日。

それを見ていたから。叫びが余計に重たく聞こえる。

その言葉の意味を分かるのは誰より自分だと思うのに。
子供が呼ぶ名は、自分と同じ物のはずなのに。

自分と同じ、けして自分ではないくり返される音に。
同じ名前が、こんなに寂しい事だと言う事を、ムサシは初めて知った。



泣きじゃくり、マトモに言葉もはなせない程しゃくりあげる子供を抱きかかえて、男 は村に入って行った。
後に残されたムサシと、ベンチの上の風呂敷。

数日後、男は一人でバスに乗った。見送る者は誰もいない。
異質な空気を村にもたらした、あの子供も今はいない。
残ったのは、ムサシが持つたった一つの風呂敷包み。

広げてみれば、そこにはがらくたしか残っていない。
返してやりたくても子供はもうこの村にいない。
待ち望んでいた、男ではなく。別の誰かに腕を引かれて。
どこかに、つれて行かれた子供。


荷物を探しに来るかと思って、毎日ベンチで待っていたけれど。
あの子供が全部を叫んだあの日以来、二度と会う事は出来なかった





















普段日記ではできるだけ文章は短かめに改行して行間はたくさんあけるようにしてます。
人様の所に差し上げるのはそういうふうにはならんように気をつけていた時期ですね。
あんまり反映されていない上に、中途半端な具合が見苦しいです……。
Webうえでテキストを見る時にはどんな風な形式が一番見やすいのだうかしらと
思考錯誤してうぬうぬしてたんです。一応。今はもうあきらめておりますが。
だってまず中身が読みづらい書き方してますからねえ。形式でどういじったって……
(後ろ向き)

リクの内容は「子供」。今も昔も子供ネタだけは溢れて流すぐらい大量ですが
この時は西原理恵子さんの「ちくろ幼稚園」つう中からトマトのネタを使用。
つうか思いっきりヒル魔に子供ムサシがトマト差出すつもりだったのですが
当時たまたま中島潔さんの絵を見る機会に恵まれまして、そこで見た1枚の絵が
トマトの乗った、古ぼけたバス停脇のベンチに座ってる男の子な物だったので。
そこからまるっと頂きました。

この先の話……。何考えてたんだろう……。
えーーーーと。萩尾望都さんの「来訪者」って話になりそうです。多分。
男やもめが妻を殺して、子供と二人で逃亡のような旅をするお話。
その話の続きがトーマの心臓に流れるのでエーディクがこいつだとすると
あとは誰だ。六角の眼鏡あたりにキッドさんを持って来たいです。
危険な妄想になってきましたので以下略って事でW