【2006/1/11企画】 06/01/19 (The) 00:21:52 
* * 犬(ケル)を飼いたいヒル+ダメだって言ってるだろ!ムサ * *


頑固に諦めようとしないヒル魔は涙をためた目で武蔵を見上げる。
同じ年の他の子供達と比べてみれば、まだまだ小柄なヒル魔の両腕の中には茶色の獣がうなりをあげていた。
締め付けられる中から逃げようともがく犬がその細い腕を嚼まないだろうかと武蔵は内心ひやりとする。
特別可愛い訳でも綺麗な訳でも賢そうな訳でも無いのにどうしても飼うのだと言い張る子供。
「アパートの管理人代理」として、これ以上面倒な世話が増えるのはご免だった。

ヒル魔の両親は帰りが遅い。いつも一人で寂しそうに時間をつぶす子供の背中に武蔵は何度か声をかけた。
初めて見る人間に対する警戒心はあったものの。
人見知りが激しいと噂の子供はあっというまに武蔵に慣れて懐いた。
まるで人との接触に飢えるかのように。
渡した合鍵を嬉しそうに握りしめ、冬休みに入った今では多分自宅よりも武蔵の部屋で過ごす時間が長いはずだ。

大学が休みの間だけ、バイトとして代理の住み込み管理人を引き受けた武蔵。
当たり前のように武蔵の隣で眠り、起き、それから夜までを二人で過ごす毎日が続いている。
気難しいと噂される子供が自分だけには心を開くという状況は、武蔵にとって楽しいものだった。
子供との共同生活と聞けば問題が多いとばかり思っていたがヒル魔は違う。
子供らしい我が侭が無い。口で言えば頭で理解する事が出来た。

それは一見良い事のようで、こんなに幼い頃から大人であることを強いられるヒル魔の不幸な面でもあると武蔵は思う。
静かで手がかからないというより、何かを押さえ付けているようなその振る舞いが正直無気味に感じられた。
子供は、子供らしくすればいいんだ。
だから武蔵は徹底してヒル魔を子供として扱った。
甘える事は、子供らしく振る舞うことは、それほど悪いもんじゃあないと教えたかった。


寒いのが苦手らしく、コタツに入っても寒いをくり返すヒル魔。
ある日ひょいと膝の上に引き寄せると案の定ぎゃあぎゃあと喚いて抵抗を見せたが。
逃げ出そうとする身体を無理矢理押さえ付けてやると諦めたように脱力し。
文句は承知で何度もくりかえせば、いつのまにか武蔵のそこがヒル魔の定位置に変わっていた。

欲しい物や食べたい物を口にするようにもなる。
見たいテレビが重なれば、言い争いまでするようになった。
初めの頃の、借りて来た猫のような面影はもうどこにも残っていない。

だから、これは良い傾向だと思っていたのだ。

一人にしておくと拗ねるようになった。
一人で風呂に入るのを嫌がりはじめた。
嫌な事はどれだけなだめても頑固に突っぱねる。
テレビやゲームに夢中になっている時でも、長い事武蔵が席を外すと腹をたてる。
電話の相手は誰だと聞かれ、外に出る時はあたりまえの様について来たがる。

理解出来ないいたずらが増えた。
家の中からカレンダーが消えた時もある。
携帯と時計を隠された時はさすがに困った。

夜は手をつながないと眠れない、とぐずるようになった。
朝起きると、別の布団だったはずのヒル魔が武蔵の腕の中に潜り込んでいる。

子供返り、という言葉が頭をよぎる。

ろくに知識も何も無いのに、下手な事に手を出してしまったと後悔が武蔵に押し寄せてくる。
考えてみれば、ここにいられる時期は短い。バイトが終われば二度と来ないかもしれない。


ここにいられるのはせいぜい2ヶ月。あと何週間も残っていない。



だから昨日は少し口調がきつくなった。
「いつまでも子供みたいに駄々をこねるな」
あまりに自分を頼り過ぎるヒル魔にそろそろブレーキをかけたくなった。
俺はお前が思う程、そんなに良い大人ってもんじゃない。

面倒になればすぐほうり出す。
お前ばかりにかかわっちゃいられない。
軽い気持ちで係わるにしては、つかんだ物は大きすぎた。

言い争いは先に風呂に入れというだけの物で。
一緒じゃなくちゃ嫌だとぐずるヒル魔はその武蔵の言葉に身体を震わせた。
膝の上で蜜柑をむいていた小さな背中は、予想していた饒舌な返答を返して来ない。

言い過ぎたかな、と思った所でヒル魔はこたつから飛び出しそのまま風呂へ飛び込んでいた。
それきり、顔も合わせず布団に入る。遅れて寝室に入った武蔵は、めずらしく二つひかれた布団に首をかしげる。

「おい、ヒル魔」

1人で潜り込む布団は冷たい。
いつもなら体温の高い子供がここにいるはずだった。
明け方になればまた、いつものように潜り込んでくるだろうと軽く考え、昼近くに目覚めると朝食を済ませたらしい跡だけが残されている。
長い時間じりじりと帰りを待てば、引きずるように連れて来たのが中型の犬一匹。

「俺が飼うんだから武蔵には関係ないだろ」

あと少しで目尻から溢れそうな涙。
震えている声を隠したいのか、うつむいたままの声は聞き取りずらい。

「だめだ。ここはアパートで、動物は飼えないってお前も分かってるだろ」
「ちゃんと飼う」
「学校始まったらどうすんだ。誰が昼間にそいつを見てる?金だってかかる。毎日散歩できる…」
「俺が、ちゃんと飼う!!」

大声の拍子にぼろりと頬を涙が溢れた。

「お前がいなくなったって、俺はちゃんとやれんだよ!」

言葉尻は、掠れた声。
我慢がきかずにしゃくりあげはじめる子供を、犬は不思議そうに見上げてその顔をぺろりとなめる。

「いなくなんなら、関係ないだろ」
「いや、ヒル魔……」
「俺は、ちゃんとこいつの面倒、最後まで見れる」
「…………」
「出来ないヤツは、黙ってろ」

言葉も無い。

「すまん……」
「どうせ、バイトなんだろ」
「悪かった」
「謝ったら一緒にいれんのか。糞じじい」

完全に武蔵の分が悪い。
例えここでヒル魔を丸め込んでも結局自分はヒル魔にずっとついていてやれない。

「犬が平気か、聞いてみてやる。お前が犬飼えるように、努力はするから」

だから一度部屋に帰ろうと促す。
まだまだ小さな頭をなでて、犬ごとヒル魔を持ち上げる。
よごれた顔をごしごしと擦ってヒル魔はふてくされた顔をそむけてしまうが。
その頭を武蔵の肩にぽすん、と埋める。

「お前も、もっと我が侭言ってついて来い」

疑わしそうに目だけがこちらを見上げて来る。
けれど、小さな手が武蔵の服を握りしめるのがわかった。

「離れたくないんだったら俺に、直接言えばいいだろ」
「言ったらどうにかなんのかよ」
「どうにかなるかもしれねえだろ」

我ながら、随分無理がある事を言っている気がする。
バイトが終わるまでの縁だとも思わないでもない。
厄介は嫌なもんだし面倒な事はさっさと手を離してきた方だ。
不用意にヒル魔に手を出してしまった。子供のこいつがそれにすがるのも当たり前だ。

小さな体を震わせるヒル魔を見下ろして、逃げるつもりの心が痛んだ。
酷い事をしていると思った。
自分がしでかした事でヒル魔を泣かせたく無い。
理屈も打算も関係なく。ヒル魔を自分が泣かせたく無い。

「おれんち、こっからそんなに遠くねえから。お前がうちに遊びに来い」

もたれていた顔が驚いて跳ね上がる。

「……なんだよ、それ」
「今と大して変わんねえだろ」
「なんだよ、それ」
「あんま、家にいねえけど鍵持ってりゃ問題ねえだろ」
「なんで今さらそんな事言うんだよ」
「イヤか」
「…………イヤじゃねえよ」

小さな小さなつぶやきよりも、その表情の変化が何より胸中を武蔵に伝える。
素直に悦ぶには照れくさそうで。
嬉しいと言うにも悔しそうで。
不満そうに精一杯口をとがらそうとしているのににやけかける、可愛い口元。

「そういう事は、さっさと言えよな……」

ふて腐れる風を必死に装おうが、どうにもうまくいかないのだろう。
見下ろす武蔵から顔を背けるようにその肩口に再び顔を埋めた。
ジャケットから覗く細い首がほんのり赤く火照っている。
抱き締めた体はすっかり冷えている。
急いで風呂をわかしてやろう。

喧嘩した昨日の、続きをしよう。

バイトが終わるまで、あと数週間。
多分、今まで以上に楽しい毎日がやって来る気がして武蔵は腕に力を込めた。








そうして、冬休みが終わった頃。
小さな犬と共に走る子供の姿が毎日見られるようになる。

みかけはによらず、大人びた口調と態度と頭脳の持ち主。
けれど武蔵の前だけはとんだ悪ガキに逆戻りする子供が。

同じ道を毎日通う。
武蔵の家へと、毎日通う。

















書いた時はあんぎゃあーーーって思っていたのですが案外評判が良かったお話。
読み返してみるとヒル魔がひたむきで可愛いですね。(自分で言うな)
書いたばっかりとか書いて時は全体がさっぱり見えて来ないので
(なんとなく全体がまとまってない)面白くないっていうか読みずらいなあ、と思って
最後「もうこれでいいや!」と放り出してます。

このお話は書いている最中に凄くイヤだったのですが後から好きになれた珍しいやつ。
元ネタというか管理人と言われて浮かんだのがめぞん一刻とうる星やつらとあろひろし先生の優&魅衣。
書き上げてもう一回お題を見たらドコにも管理人なんてなくてビックリした記憶あり。