夕方というより夜と言った方が近い体育教官室。人気のないその室内にいるのは一人の生徒と一人の教師。
中央に寄せられたスチール机の一つに腰掛ける生徒の足下にうずくまる男は両肩に脚をのせている。
「さっさと終わらせねえと、そろそろ来るぜ?」
荒い息に余裕を感じさせる笑いを含ませながら生徒は男に声をかけた。
聞こえているのか、いないのか、男の顔が更に深くうつむいて生徒に近付く。
その口元が立てる水音に生徒は声もなくのけぞった。
夏のこもった空気を逃がすように開けられた窓からは校門が見える。
教官室に入る前に携帯で呼び寄せたというクラスメイトの姿が見えるようにヒル魔はここのこの場所を選んだ。
外からも見える、何をしているのかがすぐにわかる。
それを分からせた上でヒル魔は男に「やれ」と命令を下したのだ。
今年この学校に新任したばかりの体育教師。名前を武蔵という。
しばらくためらった後に男はため息をついてヒル魔の前に膝をついた。
一言も言葉を発する事なく、慣れた手付きで制服のジッパーを下ろす。
下着の奥から取り出したそれに大の大人が顔を近付け、口に含む姿は
何度見ても妙な興奮を感じてヒル魔は気付かれないようにため息をついた。
W私立高校では「ワンマンな経営者」に逆らう事が教師にとって最大のタブーだ。
理事長室に呼ばれた新任の教師達はその日の内に同僚となる教師達からそれを耳打ちされる。
特に、今年からは。理事長の一人息子が入学している。
やりたい放題のあの息子にだけは、逆らってはならいのだと。
助言を忠告する教師達の顔色は悪い。
恐ろしい程の情報集収納力で教師達の弱味を握り、ただでさえ揺るがない地位を不動の物にしたと聞いても武蔵はそれを深くはとらえなかった。
理事長とは違った名字だからと教えられたヒル魔という名前。
たかが子供の我が侭程度。
そうみくびっていたのがそもそもの始まり。
武蔵がヒル魔に目をつけられたと言う事はすぐに周囲に知れ渡った。
新学期が始まって1ヶ月もたたない頃。
お気の毒に、と慰めの言葉がかけられれば良い方で、生徒も教師も武蔵から距離を取り出した。
今どきの子供らしく、ひょろりとした身体だという印象。
最初は奇抜な外見に目を奪われ、何気なく観察するような癖がつき。
芝居がかったような大袈裟な振るまいに何か別の物を感じるようになった。
子供らしからぬ、妙な色気とでも言うのだろうか。
説明しずらい感覚の正体がわからないまま、本人には気取られないように盗み見ていたつもりだったが。
どうやらそれは筒抜けだったらしい。
ヒル魔という生徒を意識するようになってから2週間程で、武蔵は体育用具室に呼び出された。
いつもとは違うしおらしい態度。視線を向けては反らし、ばかりががくり返される無言の間。
何だ、と用件を問えば顔を伏せて呟かれた。
聞こえない、と言えばまた聞き取れない返事。
数歩近付いても聞こえず、また近付いて、そうして窓際に立つヒル魔のすぐ目の前まで誘導された。
差し込む西日のせいなのか、いつもは白い肌にほんのりと色がついている。
人目を引く耳の先や頬のあたりが、特に赤い。
あの、説明の出来ないヒル魔の気配が一段と強くなった気がした。
手を伸ばさなくても触れる程の距離で、ふいにヒル魔が武蔵を見上げた。
「あんた、なんで俺の事見てんだ……」
反らさない目が、来いと呼んでいる気がした。
後にして思えばあれは何だったのだろうか。深く考える事なく、その顔に唇を寄せていた。
年を取る事を知らない頬が柔らかく触れる。
次の瞬間には全てが消え、武蔵は反射的に追い掛けた。
逃げようとする肩を押さえ、触れただけの感触を味わおうと身体を押し付け。
そこに響く無機質なシャッター音。
腕の中のヒル魔は、音と同時に武蔵の腹を蹴り上げた。
数歩離れた先で、ヒル魔は今までに見た事もないような笑みを浮かべた。
「うちの親父が、俺に甘いって知ってるよなぁ」
はめられた、と気がつくまでにしばらくかかった。
あれは演技だった、と考える事が出来なかったからだ。
妙におどおどとした目線。仕種。それが全部、嘘だったと?
それからのヒル魔は事あるごとに「それ」をちらつかせた。
人前でも暗に含めた物言いをされれば特別扱いするしかない。
学校以外でもその拘束は及び、自宅を知られてからはどこでどうしたのか合鍵まで揃える始末だ。
あまりの事に閉口し、さすがに何度かつっぱねた事もあった。
それさえも想定内の事なのだろう、大量に焼き増しした写真の束をみせつけるヒル魔の顔は酷く楽しそうだった。
悪趣味な想像ばかりが渦をまき、そうして目の前の悪魔は確実にそれをやるのだろうと確信出来る。
まだ17、8で。
大の大人をこんな事でいいように操るのが楽しくて仕方が無いのだろう。
次第にエスカレートする要求。いつのまにか突き放す事もやめて諦めの極地に届いた頃。
ヒル魔の要求が性的な物へと変わりはじめた。
「携帯で呼んだやつらが、ココに来る前にイかせてみろよ」
そんな要求にも驚く事が無くなって来た自分に武蔵は薄く自嘲する。
何かが、麻痺して来ている気がする。
巧妙に、巧妙に、じっくり時間をかけて少しずつ形を変えた「要求」の内容。
それが、こんな事にまで。
言われるままに膝をつく自分が信じられなくもあり。
もうどうでもいいと思う気持ちもまた強くなる。
口の中で硬さを持ちはじめるそれは、まだ幼さを感じさせる形と大きさ。
咽まで飲み込む事も容易く、深く吸い込めば頭の上から声が降る。
口元を手で覆い、快感に酔う表情を隠してはいるが。
指の隙間から漏れる声は余裕がないようにも聞こえる。
それも、演技なのだろうか。
口の中の幼い恥部は、何度かぴくぴくと震えながらもなかなか最後を迎えない。
呆れる程早い時さえあるというのに。
この姿を、見せつけたいのだろうか。間もなく来るだろうクラスメートとやらに、知らせたいのか。
この関係を。
早くしないと見られるぞ、とこちらの焦燥を煽るだけのいくつかの言葉。
余裕を見せつけ、武蔵が顔をしかめる様を楽しんでいる態度。
ちらつかされる「後から来る人物」が武蔵の神経を逆なでする。
そうして、一向にイこうとしない口の中の物。
どうでもいい、と思う気持ちが意識の何かを塞いでしまった。
口を離し、根元を指で押さえ付ける。
息を荒げながら見下ろす顔をじっくりと見上げながら指で先端を擦り上げた。
いつもならば達しているだろう状態のそこは、指のそれにさえイイ反応を返して来る。
「てめっ、何離して……」
「集中しろよ。このままで誰かに見られたら、俺よりお前がやばいんじゃねえか?」
濡れる先端に息を吹き掛ければヒル魔は大きく頭を振った。
爪でこするような刺激を縦にくりかえせば指の間から声が漏れた。
押し殺したそれは、むしろ悲鳴にも似て武蔵の脳を耳から焼く。
「イけよ。お友達の前でおったててるとこ見せたいか?」
言葉と同時に携帯が鳴った。
ヒル魔の目線が黙っていろと制止を命ずる。
息を整え、呼び出しに答えるヒル魔の声はいつもより掠れて細い。
どうやら校門の前まで来れば一度電話をいれる手はずになっていたらしい。
見られるぞ、との言葉が妙に余裕を持っていた理由はこれだったのか。
言われるままに大人しく待つつもりは武蔵にはなかった。
先端の窪みを乱暴に指でこじあける。
後ろに倒れるのではないかと思う程にのけぞったヒル魔はそれでも声をもらさなかった。
けれど、言葉を発せる状態でもない。
いつも自分を命令口調でねじ伏せる生意気なヒル魔が目尻に涙をためて睨み付ける顔は。
むしろ武蔵の過虐心に火をつけた。
「……っ!……いっ、てぇ……」
ここに、強い刺激など加えられた事は無いのだろう。
丁寧とは言えない武蔵の指にヒル魔は呻き、電話を離した。
「てめっ……」
武蔵を見下ろし、睨む目はいつもの迫力も力もない。
「5っ……分、待てっ……」
かろうじてそれだけを言う精神力にむしろ武蔵は内心舌をまいた。
叩き付けるように電話を切りったヒル魔は、武蔵の肩を蹴りあげる。
「てめえっ……」
校門の前にいるであろう数人の生徒が、もしもそこから学内を覗けば。
こんな時間に明かりがついているこの窓に気がつかないわけがない。
しゃがみ込んだ武蔵より、外に向って大きく脚を開いたヒル魔の方が当然目立つ。
状況を分かっているのだろう、ヒル魔の腰が指の拘束から逃れるように動いた。
「そうだ、自分で腰振って終われよ」
根元をしばる指を緩めて側面を柔らかくくすぐってやる。
焦れる様に腰が揺れる。イこうとしているヒル魔の眉に皺が寄る。
「くっ、そっ……、覚ぇて、やがっ……」
未だに悪態だけは忘れない態度に賞賛を送りながらも武蔵は焦らすためだけに指を動かす。
「ちく、しょうっ……」
諦めたかのようにヒル魔は腰を大きく突き上げた。
動きから逃げるように指をかすめて刺激を逃がす。
根元に緩く添えているだけの指に、ヒル魔は腰を押し付け揺り動かす。
それだけでイけないと踏んだのだろう、数度ためらいを見せてからヒル魔の指が自身を掴んだ。
「くっ……、んっ……」
細く、長いヒル魔の指は慣れた動きをくり返し、武蔵の目の前で淫らに動く。
「ひっ、んっ…………!」
あっというまに吐き出された精液が、ヒル魔の手と床と、武蔵の顔へと飛び散った。
そのままぐたりと後ろに倒れる。
大きく上下する胸の動きが、ヒル魔の快感の大きさを物語る。
起き上がる事も忘れて強い余韻に浸るヒル魔は、今まで感じた事も無い程に淫猥さをまき散らしていた。
しばらくの間、実際には数瞬程、武蔵は動く事さえ出来なかった。
校内に溢れる見飽きた制服。どこが、と聞かれれば答えに困る程、わずかに乱れたシャツとブレザー。
緩めたネクタイの下のボタンは一つだけが外され、そこから覗く白い喉元。
力なく広げられた両足の中心。引き出された恥部の萎えた先に残る白い体液。
机の上に乗っているだけの力を失った身体。四肢。
ふと思い付き、武蔵はポケットから携帯を取り出した。
使い慣れない操作を必死に思い出しながらカメラモードでボタンを押す。
荒い呼吸に混じるシャッター音。
びくりと身体を震わせるヒル魔がとっさにこちらに向けた目の色は怯えと驚き。
まさかという虚をつかれた顔。
「立場が、逆になったみてえだなぁ」
声から笑いが隠せない。
上気していたヒル魔の頬から色が落ちる。
ああ、これだ。
この顔だ。
武蔵はヒル魔にゆっくりと近付いた。
「今のまま、学校生活を楽しみたいんだろう?」
やり方はわかっている。ヒル魔がやったようにすればいい。
同じ事をくり返せば良い。
急ぐ必要は無い。ゆっくりと。時間をかけて。
一つ一つを教えてやろう。
自分が、そうされていたように。
自分が、離れられなくなったように。
|
|