【穴の花道 企画】 日付不明。お題の元は犬道楽様よりお借りしております。 
* * No. 007 ハッタリ * *






カレンダーにつけられた日付け。歯医者の予約が入れてある印だ。
ヒル魔は武蔵に手を引かれ、 予約の1時間程前に家を出る事になった。
「すぐに終わるからな」
ヒル魔の前を歩きながら勇気づけるように武蔵が繰り返す。
「ちゃんと治療して、ちゃんと歯を磨いてりゃもう歯医者なんて行かなくて済むんだ」
「……………おう」
いつもより更に口数の少ないヒル魔が大人しく武蔵の後をついて歩く。
武蔵はヒル魔の手を離さない。ヒル魔が何も言い出さない内に武蔵の方から手を握るというのは珍しい事だった。初夏の日ざしが強い中、ヒル魔は汗ばんだ手で武蔵の大きな手を握り返した。
「恐いと思ったらこうやると勇気が出るんだぞ」
空いた片手で武蔵がヒル魔に親指を立てて見せる。ヒル魔がそれを真似して見せると武蔵は少し嬉しそうだった。

向う途中で顔なじみに会う。
「あれ、二人でお出かけ?」
親しい口調で話し掛けて来るのは武蔵の仕事仲間の一人だ。
「そういえば厳ちゃん、今日休みだっけ」
「ちょっと、歯医者までな」
「へえ、そうなんだ」
前に紹介された時玉八と名乗った気の良さそうな青年が、うつむいたままのヒル魔の前にしゃがみ込む。
「厳ちゃんと一緒だったら恐くないよね」
くしゃくしゃと頭を撫でられるが、それでもヒル魔は顔を上げない。勇気づけるようにぽんぽんと頭を叩き、肩を叩く。
「大丈夫、すぐに終わるよ」
ヒル魔は黙って頷いた。

途中、道路工事のために道を少し迂回した。迂回した先までアスファルトを削る音が追い掛けて来て、武蔵がヒル魔の手を強く握った。心配そうな表情で、武蔵がこちらを見下ろしている。大丈夫だ、という気持ちを込めてヒル魔はその手を強く握り返した。

こざっぱりとした病院の待ち合い室で武蔵は呟く。
「そりゃ、歯を削るんだから少しは痛い、かもしれねえけど…………」
その言葉をかき消すように、名前が呼ばれる。二人は同時に顔を上げた。

ヒル魔が武蔵の手を引いた。こちらを見下ろす武蔵に向けて、親指を立ててみせた。
「頑張れよ」
うなずいて診察室に消える背中は、いつもより少し小さく見えた。







帰り道。
行きとは逆にヒル魔が武蔵を先導している。
本当にわかりやすいやつだなあ、とヒル魔は武蔵を振り返った。
「そんなに痛くなかったんだろ!」
武蔵は無言でため息をつく。麻酔が効いているらしく、マトモにはまだしゃべれないらしい。
「そんなに歯医者、嫌いかよ……」
いつもの態度と余りに違う、武蔵の消沈ぶりをヒル魔は興味深く観察した。
いつもこのぐらい扱いやすかったら良いのによ。何か言いたそうに武蔵がこちらを見下ろすので、ヒル魔は親指を立ててみせた。歯医者ごときを怖がっていた自分を恥じたのか、武蔵が顔を背ける。

当分はこれで武蔵をコントロールできそうだ、と。
親指を立ててヒル魔は笑った。

















ええとこれは‥‥。確かどこかでこういうCMを見たのです。
情けない武蔵を書きたかったのです。