【穴の花道 企画】 日付不明。お題の元は犬道楽様よりお借りしております。 
* * No. 025忘れ物 * *





放課後から夕食までを武蔵の自室で過ごしたヒル魔が帰った後は、いつも部屋を広く感じる。部屋の隅の壁際を陣取り、ヒル魔はいつもそこでPCを広げる。その定位置が今はとても寒々しい。こういう寂しさてのは、慣れないもんだなと武蔵は思う。
あいつみたいなのt一緒に暮らしたら、さぞ毎日賑やかだろうな。
ヒル魔と一緒に暮らすという想像は思い付いた時は突飛なもんだと笑えもしたが考えてみれば違和感は無かった。
家に帰るとあいつがいる。家で待っていればあいつが帰って来る。そんな光景がリアルだった。
想像の中に違和感が無い。案外高校を卒業したらそんな生活をしているかもしれない。
一緒に生活をしてみても、割にうまくきそうな気がした。





散らかった物を適当に片づけながら武蔵は今日一日を振り返る。
ヒル魔と一緒にいる時間は今日もとても長かった。何を話したかも覚えていないのは、どうでも良い事だったからだろうか。ベットから落ちた枕を拾い上げて、「ソレ」の記憶だけはあまりに鮮明で苦笑が漏れた。毎日毎日、飽きる事なく。よくまあこんなにやれるもんだ。皺だらけのシーツを眺めて、取り替えようかと考える。
ヒル魔君が来てから、あんた随分綺麗好きになったわね。
まめにシーツをとりかえるようになった理由を気付いているのか母親がそんな事を口にしていた。かなりぎょっとする発言だったが、まあばれてはいないだろう、と武蔵は楽観的に思う事にした。

このぐらいだったら平気だよな。

布団をめくりあげ、武蔵は不遜な事を決意する。





皺の寄ったシーツの中に見慣れたぬ物を武蔵が見つけた。ヒル魔のつけている腕時計。物忘れなんて珍しい。いつもは大抵逆のパターンだ。武蔵がヒル魔の家へ行き、大抵何かを忘れて帰る。気がついてヒル魔に明日学校に持って来てくれと頼む時もあったのだが、大抵はそのままほったらかしだ。初めの内にこそヒル魔もこまめに対応していたが、そのうち面倒になったのか近頃はあまりうるさく言わない。
だからヒル魔の部屋には武蔵の物が案外多い。
武蔵の部屋に、ヒル魔の置いていった物は少ない。
いつ、外したんだろう。拾い上げるとそれは小さい。手首に巻くと、いつもヒル魔が使っているベルトの穴は随分内側に収まった。
同じような運動量で、体が細いままでいるのは武蔵にしてみれば奇妙だった。
明日、学校で忘れず渡そうと鞄の中に時計を放る。







風呂上がりの濡れた髪のまま自室で武蔵は涼を取った。机の上で点滅していた携帯を取りあげ着信を確認してまた元に戻す。急ぎの用ならかけ直すだろう。
携帯に限らず、武蔵は電話が苦手だった。番号交換等をしても一度もかけたことがない相手ばかりがメモリーにたまる。いつもヒル魔に馬鹿にされてはいるが、メール機能なども使い方が危うい。無精な武蔵の携帯にこまめに連絡する人物は当然少数に限られて来る。
携帯を使う相手はもっぱらヒル魔と栗田と家族だけ。
ヒル魔からの電話が一番多く、慣れも手伝い気楽に済む。

着信はヒル魔からの物だった。
用件は時計の事か。明日学校に持って来い、と念を押して来るのだろうか。こんな電話のやりとりも、一緒に暮らせば無くなるんだろうか。
卒業の時期が近付き、環境の変化を強く感じているからか、最近そんな気持ちが頭から離れなくなってきている。





携帯の呼び出し音で目が覚めた。時刻は深夜。部屋の電気はつけっぱなしでどうやらあのまま眠ったらしい。よろよろと机まで歩み寄り、何も考えずに電話を受ける。聞き慣れた声が非常識な時間帯であるにも関わらず「遅え!」と怒鳴る。
「寝てたのか」
「おう…………」
「俺の時計、落ちてねえか」
「あった。あったあった」
「明日持って来いよ」
「おぅ…………」
「忘れんなよ!」
「ぉぅ………」
何か、直前まで夢を見ていた。思い出せないもどかしさに ぐるりぐるりと意識が回る。
「ゆめ」
「ぁあん?」
「夢見てた」
「寝ぼけてんのか糞ジジィ」
「お前が、出てた」
ベットに倒れ込むように戻り、夢の内容を思い出すため目をつむって意識を飛ばす。
「………どんなんだ」
「覚えてねえ……」
「てめぇの事だから、ろくでもねぇ内容だろうな」
「すげぇ、楽しかった」
「へぇ」
「お前とずっと一緒にいた」
「…………………へぇ」
「たぶん、お前と暮らしてんだ」
ヒル魔はそれに返事をしない。
「一緒にテレビ見て、馬鹿みてぇに笑ってた」
「ちゃぶ台で飯食って、部屋が狭くって、すげえ貧乏で」
「布団が1つしかなくていっつもお前が文句言ってた」
「最悪だな」
「楽しかったぞ」
そう、それはとても楽しかった。
それが夢だと思い知らされる事が辛く感じる程楽しかった。
「夢、なんだろ」
「今んとこな」
再びヒル魔が口を噤んだ。無意識の中の記憶を反芻して武蔵は再び意識が沈む。
とろとろとまどろむ縁の心地よさに力が抜けて行くのが分かる。
沈黙の末に少し遠くでヒル魔の声が何かを言った気がした。
意識がかなりぼんやりしている。眠い。ろれつさえも怪しくなる。
『一緒に、暮らそう』
そう言いたかった。武蔵はそう言ったつもりだ。
「………聞こえねえよ」
ヒル魔の声がとても遠い。
「わりぃ、寝る」
「……って、寝オチかよ!」
限界だ。とても眠い。
「ぁしたぃぅ……」
「…………期待しねぇで待ってるよ」
切れた電話を片手に握り、武蔵は夢の続きに潜り込んだ。

覚えてられないんだろうな、と直感が走る。
まあその時はその時だ、と武蔵は都合良く割り切った。
そうして、ヒル魔はまた怒るだろうな、と思えば何か楽しくて笑えた所で意識が落ちた。











目を覚ました武蔵が覚えていたのはただ2つ。
シーツを変えないと次にヒル魔が来た時に多分怒るんだろ名という事。
夢の中で何故かヒル魔に謝っていたこと。

どんな設定の夢だったのか。
ヒル魔からどんな電話がかかってきたのか。
腕時計をどこにしまったか。
何も覚えていない武蔵にヒル魔は何も言わなかった。
最後に武蔵がつぶやいた言葉を、ヒル魔が聞き取れたのかどうか。


ヒル魔は何も言わなかった。




















この話もまた気にいらなくてうえーーーーえと思っていたのですが
案外良かった、との声をいただいてびっくり。読み返してみたら
まあ、あながち悪くないかもねえ、なんてのんびり考えてみました。
書いていた時はとにかく何も浮かばなくて箇条書きでお茶を濁したつもりだったんですが
最後逃げたように思えていたんですが、まあこんなのもたまにありかなあ、と。

どんな夢を見ていたんだろうと考えて、3本ぐらい没が出てしまった珍しいお話です。
最終的に採用したこのお話が一番短い。